「本を読む」ということは「文章を味わう」ことであると書きました。
でも、「文章を味わう」と言われたって、たとえばどんなところに気をつけて読んでいけばいいのさ、と思っていらっしゃる方のために、いくつか具体的な文章をご紹介しましょう。

たとえば、現在ではあまり見かけなくなりましたが、かつて小説家や評論家のなかには(ノンフィクションライターにはあまりいない)、「、」(読点)の使い方に気を配っている人がとても多かったように思います。
たとえば以下のような文章。

わたしは、本を読むとは、すなわち、文章を味わう、ということである、と考える

現在では、このような一文は、おそらく読点で区切ることなく

わたしは本を読むとはすなわち文章を味わうということであると考える

と書く人が圧倒的に多いと思います。

しかし、これでは、書き手の言葉のニュアンスが伝わってきません。
読点とは、たんに文章を読みやすくするためのものではなく(読みやすさを追求するのであれば、おそらく後の文のほうが読みやすいはず)、書き手の精神のリズム、思考のリズムをあらわすものなのです。
ここに本を読む楽しさ、つまり読み手のなかに書き手の言葉のニュアンスが入ってくる瞬間のよろこびというものが生じるのではないでしょうか。

もう一つ、ひらがなの問題についても触れておきましょう。
本をあまり読まない、つまり文章が好きではない人のなかには、漢字が多いほど格調高い文章になる、と考えている人がいますが、それは大きな間違いです。
次の文章を読んでください。

本を読むということについてかんがえていると、わたしはいつもとりとめがなくなってきて、最後には、ことばなんてどうでもいいじゃないか、とおもうようになってしまう

<かんがえて><ことば><おもう>をひらがなにすることによって、内容の理屈っぽさが解消され、読む者にシンプルな印象を与えます。
ややもすれば幼稚に見えるかもしれませんが、これもまた、ひとつの文章術なのです。

ただし、読点にせよひらがなにせよ、現在は書き手の側も昔ほど意識して使っている人が少なくなってきました。
これは、コンピュータのキーボード入力で文章を書いている人が増えてきたことが要因ではないかと思います。

原稿用紙に書く場合、わたしたちは、自分の手を通して、文章を思考的、肉体的に紡ぎ出そうとします。
しかし、コンピュータで文章を書く場合、最終的に文字(文章)を紡ぎ出すのは、キーボードタッチに反応したコンピュータ(文字変換ソフト)です。

このことが、書き手にとっても読み手にとっても、文章を味わう楽しみを忘れさせているような気がしてなりません。



プロフィール
管理人プロフィール
なんのために本を読むのか
本は文章を味わうもの
文章を味わう方法
本を全部読む必要はない
「朝の読書運動」は間違っている?
快適読書の実践
本を読む姿勢
読書のあかり
本を読む速度
図書館を活用する
図書館を使うメリット
図書館調査のコツ

スポンサード リンク

 

モバイル版

モバイル版
Copyright (C) 2008 booksguides.info All Rights Reserved.